VOICE社長 & 専務インタビュー

株式会社ハートライフケア 社⻑&専務

チャンスは平等にやってくる、
与えられたチャンスをぜひ生かして欲しい。

株式会社ハートライフケア 社⻑&専務 特別対談


代表取締役 須藤 芳則

代表取締役

須藤 芳則

専務取締役 御手洗 健

専務取締役

御手洗 健

株式会社ハートライフケアは、2021年3月、有限会社ヒューマンライフサービスから組織変更を行い、さらに幅広く高齢者福祉事業を手掛ける株式会社ライフヘルプサービスと合併することにより誕生。

その“新生ハートライフケア”の舵取りをするのが、社長の須藤芳則と専務の御手洗健だ。

社長の須藤氏は、未経験からヒューマンライフサービスおよびハートライフケアの社長に昇りつめた介護業界の叩き上げとして知られる人物。

専務の御手洗氏はライフヘルプサービスを6施設を擁する規模へと育て上げた実力派の経営者。

両人の生い立ちやハートライフケアの考える介護業界と自社の未来像について、同社の地域密着型介護付き有料老人ホーム「悠悠みらい」で話を伺った。

我々の原点に戻る、それが存続と発展のための必然の選択
代表取締役 須藤 芳則と専務取締役 御手洗 健

~須藤社長と御手洗専務は以前からお知り合いだったそうですね。どのような経緯で両社は合併されることになったのでしょうか?

須藤:御手洗さんとの付き合いは長いですよ。もう何年になる?

御手洗:初めて会ったのが確か…平成16年だから、もう17年になりますね。当時私は介護老人保健施設の事務長をやっていて、職員募集の面接に来たのが須藤さん。

須藤:そう、それまで働いていた建設会社を退職して、次の仕事を探さなければ、という時期でしたね。サラリーマン時代に介護保険が始まって、まだそのころは新規参入者も少なく、利益率も高い伸びしろのある新しい業界が出てきたなというのは知っていて、興味をもっていたんです。

たまたま近所の介護老人保健施設で介護職員の募集をしていたので、まずは現場から経験してみようかと面接に行ったら、面接担当が御手洗さんでした。

御手洗:まだ、そのころは「これからの業界」でしたね…

須藤:覚えてる?御手洗さん面接でなんて言ったか。

御手洗:何て言いましたっけ?「あなたは見込みがある!」とか(笑)?

須藤:御手洗さん、私の経歴を見て「須藤さんに介護は無理だよ!」って一言。

御手洗:あははは!言いましたっけ!?そんなこと(笑)

須藤:言った言った(笑)、はっきり覚えてるよ!ただ、関連会社が小田原で施設を開設するから、そこで管理者をやってみないかと声をかけてもらって。それがこの仕事に就くきっかけになりました。彼は、全くの未知数でド素人の私を拾ってくれた恩人なんです。

代表取締役 須藤 芳則

御手洗:須藤さんもあれから、小田原のグループホームとデイサービスの管理業務を経験して、最初の介護老人保健施設を運営する医療法人に戻ってきましたね。

須藤:そうだったね、その後に、御手洗さんと私を含む何人かがその医療法人から関連会社を任されて、そこから独立していったのが元々の会社の始まり。

代表取締役 須藤 芳則と専務取締役 御手洗 健

御手洗:須藤さんとは、そのころから年中介護事業運営や経営に関する相談をしていましたし、同じ釜の飯で共に過ごした須藤さんは、価値観や方向性を共有できる大切なパートナーなんです。

須藤:介護報酬単価が上がらず収入が増えない、人材確保も大変だし、採用コストも莫大なものになっていく中で、たとえ利益率が低くても、トータルの利益額を増加させる、規模を活かした経営をしていかなくてはいけないね、という意見で一致してね。

御手洗:そうそう、元々同じ組織で一緒にやってきたし、別々になっても最高のパートナーで、考え方も共通で。もう一緒になってやっていく、というのは自然な流れというか、必然でした。

悔いのないよう全力でやりきる
代表取締役 須藤 芳則と専務取締役 御手洗 健

須藤:御手洗さんと知り合い、チャンスをもらい、この仕事に導いてくれたことで今の自分がありますから、御手洗さんと私の会社が合流し改めて苦楽を共にすることは、自分の原点に戻ることでもあります。御手洗専務と共に、悔いのないように全力でやりきりたいですね!

御手洗:「悔いのないよう全力でやりきる」…誰もがそうありたいと思うけれど、なかなか思い通りにいきませんよね。

須藤:スティーブ・ジョブズの「毎日を人生最後の日だと思って生きたなら、いつか必ずそれが正しいと分かる日が来るだろう」という言葉があるでしょ?

御手洗:名言ですよね。ジョブスの言葉にはビジネスで成功することだけではなく、生きるための様々なヒントがある。

須藤:学生のころ、建設業のサラリーマン時代、そのあとの介護業界、今現在も...

節目節目で自分に期待し行動してきましたが、後悔と懺悔の繰り返しで、「あの時こうしておけばよかった」と、後々になって自分の判断や行動にいらだちを感じました。

もう人生2/3を超えたところですから、残りの人生をやり残すことなく走りきりたい。

専務取締役 御手洗 健

~御手洗専務には人生の指針となるような言葉はありますか?

御手洗:私は、旧ライフヘルプサービス社の理念である、「豊かな心で夢のある人生を共に生きる」という言葉が好きでしたね。人として大切にしたことがこの中にたくさんちりばめられていると思っています。

それから、武者小路実篤の「もう一息」という詩が好きですね。

頑張っていてもなかなか結果が出ずに苦しいとき、それでもようやくほんの少しだけでも光が見えてきた時に思い出す詩です。

須藤:いいよね!「もう少し、最後の一踏ん張り、頑張れ!でも時々力を抜くことも大切だと」っていう詩だよね。

須藤:私は、「逃げない、偽らない、ごまかさない」、「厳しい環境から逃げない、正直でいたい、問題をあやふやにしない」、「正しいものは正しい、駄目のことはダメすべてにおいて是々非々でありたい」この3つは好きな言葉というか、自分の信念にしています。

トップの責任と役割の難しさを痛感
代表取締役 須藤 芳則と専務取締役 御手洗 健

~つらい時、ピンチの時、人生の指針となる言葉や信念をもっていると心強いですよね。
ところでお二人が今まで会社を経営してきて、一番つらい、ピンチ(失敗)だと思ったのはどんな時ですか?

須藤:介護事業を経営してからは大ピンチを感じたことはないかな。

御手洗:えっ、意外ですね!私は東日本大震災の時は本当に参りましたよ。タイミング悪く!?その年に2か所同時に施設を開設したんです。震災直後の求人は、開設前の大切な人材確保の時期なんですけど、応募者が一人もいなくて、開設できないよこれじゃあ!ってなって。

須藤:確かにあの時は大変だったよね、うちも参ったよ、停電やら食材や日用品が手に入らなかったり。

まあ、介護業界に入ったころやそれ以前のサラリーマン時代には最終的な責任を負う立場ではなかったので、「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」なんて思えるほどの怖いもの知らずで、本当にのびのびと仕事をさせてもらっていました。

経営者になってからは、あの頃には感じなかった臆病な自分を感じることがあって、トップの責任と役割の難しさを痛感しています。

代表取締役 須藤 芳則

~話は変わりますが、お二人はどんな青春時代をすごされましたか?

須藤:私は生まれも育ちも東京ですが、思い返すとずいぶん引っ越しをしましたね。練馬、渋谷、渋谷、世田谷、世田谷、渋谷、港、渋谷、と。

御手洗:ずいぶん多いですね!でもなんだか近場を転々と…(笑)

須藤:父親の事業の成功と失敗の数だけ引っ越ししたんです。父親も母親も浮き沈みの激しい生活環境の中苦労したと思いますが、周りの人たちの支えもあり、子どもたちは大学まで行かせてもらいました。

~ご苦労されながらも子どもをしっかりと育てられて…素晴らしいご両親ですね。

須藤:両親には人並以上の環境を与えられ、学生生活を送れたことはとても感謝しています。 ただ、今思えば後悔しますが、高校、大学と特に勉学に励むわけでもなく、学業は二の次で学校も行かずアルバイト三昧でしたね。

浪人中には朝5時から玉うどんの製造販売店でアルバイトをして予備校通い、大学時代はレストランのバイトが長かったな。百貨店でメロンのたたき売り、ヨットスクールのコーチ、鉄くず屋でのバイト…他にもいろいろやりました。そのころに、ずいぶん怒られながらも働く姿勢や先輩上司との付き合い方、接し方などを勉強したと思います。

御手洗:その経験が須藤さんの処世術!?の秘訣だったんですね。組織の中でしたたかに勝ち残る(笑)

代表取締役 須藤 芳則と専務取締役 御手洗 健

~御手洗専務はいかがでしたか?

御手洗:私は、今でこそ太ってしまいましたが、基本は、スポーツマンでしたよ。野球・ラグビー・サッカーなど球技が好きでしたし、音楽も大好きでした。

須藤:だいぶもてたんじゃない(笑)?

御手洗:もてましたよ、結構 (笑)
その割には!?、派手な場所は好まず、それほど社交的ではなかったんですが、不思議といままでずっと友人には恵まれてきました。

須藤:人徳だね(笑)

御手洗:そうそう、それ(笑)

チャンスをつかめ!
代表取締役 須藤 芳則

~超高齢化社会を迎え、介護業界においては、利用者本位の 「質の高い介護サービスの提供」 がより一層求められるようになっています。御社においても、よりいっそう優秀な人材の確保が必要になってくると思いますが、御社にとって必要だと考える人材像をお聞かせいただけますか?

須藤:介護知識や介護技術は後からでもいくらでも学べます。いくら知識や技術があっても、心を感じないサービスは、お客様に見透かされてしまいます。「心遣い、心配りは介護の技術、知識にまさる」は私が大切にしているゆるぎない言葉です。介護の心を持った人に来てもらいたいと思っています。

御手洗:私自身は、介護をしたくて業界に入ったわけではありません。動機より、仕事をしていく中で面白さを発見できる「好奇心」でここまで仕事が続けてこられたと思っています。人材としてここまで能力が必要だということよりも、まずは、人とかかわる「好奇心」をもって飛び込んでくれる人が欲しいですね。

専務取締役 御手洗 健

須藤:それから、当社に来たからには、与えられたチャンスをぜひ生かして欲しい。

私自身今までチャンスが巡ってきた中で、それをものにできたことで今がありますから。同じチャンスでもそれをつかみ取る人と見過ごす人がいますね。当社は誰にでも平等にチャンスがあります。ぜひチャンスはつかみ取って欲しい!

御手洗:介護の仕事は生活全般に関わるから、あらゆることが求められますよね。それだけチャンスがあるということ。
たとえ若くても、今まで人生で経験したことはきっと生かされると思います。なんでも任せていきたいですね。

~これからはどんなサービスを展開させていきたいと思っていますか?

御手洗:当社の強みを伸ばして弱みを補えるものを考えてきたいですよね。コロナ後の地域の生活様式の変化を捉えていけるような事業とか。

須藤:株式会社ハートライフケアのほかに関連会社で株式会社ハンディマンサービスという会社があります。介護施設の清掃や入退去時のリフォーム、介護保険を使った在宅の住宅改修等を行う会社です。

最近では施設のグリストラップ清掃、あるいはどんな会社に頼めばいいかわからないような家具移動、配管つまり、草刈り、枝払い、引っ越し手伝い、高所作業などニッチな隙間事業を行っています。

御手洗:いわゆる何でも屋ですよね。

須藤:こういう大手が見向きもしないような事業こそチャンスがあると思うんだよね。

御手洗:チャンスをつかむにはどんどんチャンスを探していかないと!

質の高い人材を育成し、地域に貢献する
代表取締役 須藤 芳則と専務取締役 御手洗 健

~須藤社長と御手洗専務はハートライフケアをどんな会社にしていきたいですか?

須藤:会社は永遠でなければならない、と考えています。そのためにサービスの質、財務、コンプライアンス、人材を担保できる会社のゆるがない姿勢が必要だと思います。

御手洗:長期的な視点で経営していくことが必要ですね。

地域に貢献し、職員が長く働き続けられる会社にしていきたいですね。職員が日々の介護が社会貢献していると感じるからこそ、職員一人ひとりが成果をあげていくことができると思います。

須藤:2025年(問題)も待ったなしですし、ますます日本は人材難、労働力不足になっていくでしょう。

その中でも質の高いサービスを求められて久しい介護業界において、「ハートライフケア出身の人ならぜひ採用したい、来てほしい、間違いなく質の高い仕事をしてくれる」そんな人材を電気の配電盤のように次々に育成し供給できる、地域の介護に貢献できる会社にしていきたいですね。

「与えられたチャンスをぜひ生かして欲しい」まったくの未経験でありながら、10施設を擁する企業の代表に上り詰めた須藤氏のこの言葉は圧倒的な説得力を持って心に迫る。

そして目先の利益ではなく、社会貢献と職員の幸せに主眼に置く理性的な経営者である御手洗氏。

二人に共通していることは「大局的な視野をもった経営者」であるということ。

存続と発展のために「原点に戻った」ハートライフケア社。同社の今後の動向に注目したい。

2021年4月
インタビュー・写真撮影:株式会社パットンファイヴ

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